さくらが咲いて

東日本大震災において被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、 一日も早い復興をお祈りいたします。

 年頭に今年の目標として このコーナーの月一更新を掲げた私だが、三ヶ月めにして挫折してしまった。
 未曾有の大災害を前に書けることなど、私には何ひとつなかった。

 ブログなどにはちょこちょこと書いていたけれど、ああいうのは何と言うか……言葉は悪いが、書き捨て、 みたいな部分があるのでわりと気軽に書けるのだ。
 しかし、私はここには「自分を残す」つもりで書いている。
 残すつもりで書いたのがあれかと過去の記録を指差されると汗顔の至りだけれども、 気合の入れ方は本当に他で書いているのとは違うのだ。

 だから、書く時はすごく悩みながら書く。
 悩んだ末に書けなくなったりもする。
 それじゃいかんと思って年頭に目標を掲げたわけだけれど、やっぱり書けなくなってしまった。

 2011年3月11日14時46分を境に世界は変わってしまった。
 あれ以来、私の心はわさわさと落ち着かず、足元が常にふわふわしているような錯覚に捕らわれたままだ。
 平静とか平常心とかいうモノを、心掛けなくては保てなくなっている。
 それらを保つための手段のひとつがブログを書いたりすることと言えるかもしれないが、 同じ書くでもここに書くのは要するパワーが違う。
 平常心がまずないと書けない。

 と言うか、平常心を保とうが何だろうが、所詮これは超個人的な趣味なのだ。
 この時期に取る行動のプライオリティとしては限りなく低い。 もっと他にするべきことも考えるべきこともあるだろうよ、自分。
 というわけで、この先半年くらいは書くのをやめようと思っていた。

 けれど、桜が咲いた。

 去年より少し遅かったけれど、去年と変わらずに桜が咲いた。
 あの、桜が咲いた時の気持ちをどう表現すればいいだろう。

 去年と変わらずに咲いてくれたという安堵感と。
 自然にとっては、人の世がどうなろうと関係ないんだなという寂寥感と。

 その安堵感のおかげで私は落ち着きを少し取り戻し、その寂寥感のおかげで少し頭が冷えた。
 と言って、急に地に足がついたり、ハッと目が覚めたような劇的な変化が起こったりしたわけではないけれど。
 そうなるにはまだ、電力不足を主とする震災の影響が身のまわりにありすぎる。

 それでも、被災地にない私たちはすべての日常を取り戻したような顔をして、 以前と変わらぬ日々を送らなくてはならないのだろう。
 だから、書くことにした。
 書くと言うか、とりあえず年頭に掲げた目標を守ろうと、いやもう、一回破っちゃったけどさ、 それでもまあ、極力守ろうかなと、そんな気になった。

 うん。
 どんな時でも桜はいいよね。

2011.04.28