ちゃんとしてる

 自慢じゃないが、ヘルニア持ちである。
 そして、これはちょっと自慢できるかもしれないが、ヘルニアの症状がない。
 では、なぜヘルニアだとわかっているのかと言えば、別の病で MRI 検査をしたからである。 言わばついでに見つかったのだ。
 もう何年も腰痛に悩まされてはいたが、まさかヘルニアだとは思っていなかったのでかなりショックだった。
 かくて私は担当医からの紹介状と MRI画像を握りしめ、ペインクリニックの自動ドアをくぐったのである。

 MRIの画像を見、どんなふうに腰が痛いのかをせつせつと訴えかける私の言葉に耳を傾け、 更に私の脚を持ち上げたり曲げたりひねったりした後、ペインクリニックの医師は言った。
「ヘルニアはヘルニアだけど、その痛みはただの腰痛だね」
「えっ」
「症状のないヘルニアは治療しません」
「えっ」
「自然に治ることもあるし、痛くなったらまた来てくださいって感じかな」
「えっ」
 というわけで、腰痛体操なる体操を図解した紙を一枚手渡されただけで、 私はペインクリニックを辞したのであった。

 これが 2年ほど前の話である。

 その間、私はせっせと(時にサボりつつ)腰痛体操を続けた。効果はあって、腰痛はかなり楽になったのだが……
 先日、私は腰に違和感を覚えた。それに加え、太ももが痺れるような、 ふくらはぎが張るような違和感もある。
 痺れる、というのが何だか嫌な感じだった。痛くなったらまた来てくださいという医師の言葉が蘇る。 ついにその時が来てしまったのだろうか……
 医者に行ったほうがいいだろうかと悩むこと数日、買い物に出かけようとした矢先に、腰の右側がピキ、 と言い、右足の付け根に激痛が走った。

 かくて私は再びペインクリニックの自動ドアをくぐったのである。

 レントゲンを撮り、どんなふうに腰が痛いのかをせつせつと訴えかける私の言葉に耳を傾け、 更に私の脚を持ち上げたり曲げたりひねったりした後、ペインクリニックの医師は言った。
「運動不足」
「えっ」
「運動不足の自覚はありますか?」
「それは……めちゃくちゃありますけど、ヘルニアじゃないんですか」
「ヘルニアはヘルニアですよ。そう、nakajiさん、ちゃんとしたヘルニアなのになぜか症状がなかったんだよねえ」
「……ちゃんとしてますか」
「ちゃんとしてます。こう、垂れ下がっちゃうくらい出っ張ってる」
 かなりちゃんとしているらしい。
 そう言えば、2年前に MRI を撮った時の担当医にも言われたのだ。
「専門外の私にもはっきり判る。痛くないのこれ?」
 痛いです、とその時は答えたが、それがヘルニアの痛みではなかったことは前述したとおりである。

 腰痛がヘルニアのせいか運動不足のせいかはっきりさせるため、 筋肉のコリをほぐす注射を打ってみるかと訊かれた。
 それで痛みがなくなれば運動不足による腰痛、治らなければヘルニアによる痛みだなのだそうだ。
 打ってください、と言ったが、まさか 5ヶ所も 6ヶ所も打たれると思わなかった。痛かった。

 数分後。
 あれ……なんか、痛くなくなってきた?

 そう言うと、医師は「ほーらね」という顔で頷いた。
 そして上がってきたレントゲンを見て、言った。
「骨の間隔は正常、骨の端がめくれ上がってもいない。 このレントゲンからヘルニアを予測することは非常に難しいです。でもヘルニアなんだよねえ。 今どうなっているか、非常に興味があります」
 そんな興味をそそるほど、私のヘルニアは相当ちゃんとしているらしい。

 医師は私に、運動不足の自覚があるなら努力してくださいと釘を刺した。
 そして、2年前は紙を渡しただけだった腰痛体操を、今度はトレーナーに付いて習うといいと提案した。 このクリニックはリハビリのための専属トレーナーがいるのだ。
 私は提案を受け入れ、トレーナーのお姉さんの監督のもと、ぎゃーとか、ひーとか言いながら体操をした。 体が硬い選手権があったら日本代表になれる自信があるほど、私は体が硬い。
 トレーナーさんの指導により、これまでやっていた 6種類の体操に、新たに 2種類の体操が追加された。 これらは膝が痛い人のための体操だが、腰痛にも効くらしい。と言うか、私は膝も悪いから好都合だ。

 そんなこんなで、私はちゃんとしたヘルニアを抱えつつ、腰痛体操を毎日ちゃんとしている。
 新種目の体操は、かなり効く。

2009.12.01